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母さんのこと

僕の母さんはもうこの世にいない。

4年前、乳がんを患って死んでしまった。

本当に突然の事だった。

病名告知からたった一年。

僕は何もしてあげられなかった。



僕が物心つく前に父は他界した。

大変なショックだったろうに

母さんは僕を一人で育てる決意をし

すぐに働き始めたそうだ。

僕の記憶の中の母さんはいつも働いている。

二つのパートを掛け持ち

合わせて内職をしていた時期もあったみたいだ。

近所に我が家を懇意にしてくれる人がいて

小さい頃僕はそこによく預けられていた。

子供心に今、家と自分がどんな状況か

理解していた記憶がある。

なるべく迷惑かけないよう

おとなしく空気のようにしている。

僕の人間性はその頃に作られたのかもしれないな。

それでもやっぱりさみしかった。

その家のおばさんに断って

よく母さんがパートしていた

スーパーを覗きに行った。

母さんに見つからないように

駐車場の隅から

いつ見えるとも知れない

母さんの姿を探して

いつまでもいつまでも。



母さんはとてもやさしかった。

常に僕の事を気遣い

常に僕の事を優先してくれた。

それは時にとても心苦しい事だった。

僕も母さんを気遣い

一番に安らいでもらいたかったから。

そんな思いやりがかち合うとき

母さんは決まって僕を諭した。

僕が嫌がってでも僕を優先するのは

母さんがストレス発散できる趣味なんだ、と。



僕の家は普通の家よりいろんな物が足りなかったけど

家族として足りないものは何も無かったと確信してる。

僕は家族について、母さんについて

今でも強い誇りを持っている。

フラフラながら一人立ち

僕には生き難い社会の中でやっていられるのは

母さんの姿を見て育った

母さんの息子なんだっていうプライドに支えられてる。



母さんが死んだ日。

これまでにない絶望感に襲われた。

もう本当の一人なんだから

周りの大人の説明や励ましを

理解しなきゃと頭フル回転で聞いて

でも何を言っているかよくわからなくて。

その時の事はよく覚えていない。

たぶん混乱して挙動不審だっただろう。

涙も全く出てこなかった。

葬式は実家のアパートでひっそりと行った。

母さんの仕事場の人たちがたくさん手伝ってくれた。

以前の仕事場の人たちも参列してくれた。

おかしい話だけど

参列された人たちが話す母さんの思い出話が

とてもおもしろくてうれしくて

幸せな気分になった。



僕は仕事を始めていたこともあって

葬式後すぐに実家のアパートを

引き払うことに決めた。

山も谷も無い

特別な思い出はひとつも無い

でも日常の思い出がパンパンに詰まった部屋。

全部引き払って

空っぽの部屋を見た時

やっと涙が出てきた。

本当に止め処なかった。

涙なんて小学生の時以来じゃないかな。



その日は

その最後の日は

からっぽの部屋で丸まって寝た。



今僕は実に静かに生きている。

母さんの死、以上の絶望は

当面来ないとわかっているから。

僕は僕の望む心持ちで生きていけてる。

つつましくても満足が出来ると学んでいる

僕の幸せハードルは低い。

わずかな一人の時間と

コーヒーとタバコと自転車。

それがあればしばらくは幸せだ。

そんな僕に育ててくれた母さん。

母さんの息子である事は一番の幸せだ。





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