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少し暗い、そして少し幸福な後悔の記憶

小学校の時、

僕も人並みにいじめを受けていた。

小4のある時期からクラスで一番大きな

男女のグループにからかわれていた。

その原因は僕にはわからない。

勉強も運動も中の中で

当時からふさぎがちだった

僕の存在感は下の下だったように思う。

そつなく目立たずと思っていたのに

ある日突然いじめが始まった。

体を殴られ蹴られ

物を隠され水をかけられ

思いもよらない事でののしられた。

いわゆるステレオタイプのいじめを受けた。



何も言い返せない僕を

体よく楽しんでいただけかもしれない。

反社会的欲求っていうのは際限ないからね。

反抗しない、チクらない、

御自由にいじめてくださいっていう状態だった。



もちろん僕はかなしくて、くやしくて

可も無く不可も無くぼんやり生きていたのに

突然全てが不可になったやるせなさに絶望していた。

早くに父を亡くし母子家庭だったから

独り身でがんばる母さんを心配させる事は

どうしても出来なかった。

だから耐えながら小学校に行くしかなかった。

家から学校への道のりは

毎朝緊張で腹痛を起こしながら歩いていった。



5年生ももうすぐ終わる

寒い冬の日の朝。

彼らは思いがけない言葉をクラスメイトに叫んでいた。

僕には父がおらず、母子家庭だという内容だった。

前記したように事実ではあったが

同級生たちには知らされていなかった。

学校で僕が浮かないように

母さんが同級生たちには知らせない様

気遣ってくれていたから。

僕は知らされたとしても気にしなかったけど

そんな気持ちが何かむずがゆくうれしかった。



秘密がばらされて

母さんの危惧していた事態になった。

クラス中が「えー!」の大合唱。

僕は母子家庭がばれたことよりも

気遣ってくれた母に対する

申し訳なさで涙が出てきた。

立ったまま、うつむき、こぶしをにぎって

嗚咽をこらえながら涙を流す事しか出来なかった。



すると思いがけず、一人の女の子がかばってくれた。

父親がいないからなんだ、と

家庭の事情を笑うのはひどい、と

最後は自らも泣きながら、彼女は言ってくれた。

普段から彼女に見える場所で

僕がいじめられていると

止めに入ってくれる子だった。

彼女が目を付けられるんじゃないかと

僕が心配するほどに止めに入ってくれる子だった。

彼女は、心を表に出せない僕の気持ちを

そこで代弁してくれた。

言い表せないうれしさとくやしさで

顔と気持ちがぐしゃぐしゃになったその時、

恐らく誰かが彼女と母さんを侮辱する

言葉を吐いたのだろう。

僕は無我夢中でこぶしを振り上げ

彼らに突っ込んでいった。



そこからの記憶は無い。

時系列順で次に思い出されるのは

笑顔で卒業式に参列している記憶だ。

僕に対するいじめは無くなったのは覚えている。

そのきっかけになってくれたあの女の子に

改めてお礼を言わなければと思いながら

進学のタイミングで離れ離れになってしまった。



いじめに対する怒りよりも

かばってくれたうれしさよりも

あの時の素敵な気持ちの全ては

あなたのお陰なんだっていう

強烈な感謝の思い。

ついには言い出せなかったこと

ずっと後悔してる。





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